ホームコラム : ツートンカラーは永遠に

梅田皮膚科

今回のコラムは、梅田皮膚科のロゴのお話です。ロゴというものは、文字を読むことによって認識されているのではなく、字体とカラーで一瞬で右脳で認識されイメージが決まるといわれています。2007年の開業前にロゴをどうしようかと考えていたとき、とにかく一度見たら鮮烈に覚えて頂けるカラーにしようと思い立ったのが始まりでした。私が子供のころに強烈な印象を受けていまだに鮮明に覚えているカラー、それは1974年~1977年に大洋ホエールズが採用していたユニフォームの、オレンジと緑のツートンカラーでした。

私は小さいころから阪神ファンで、親に買ってもらった虎のマークのついたパジャマなどを好んで着ていましたが、やはりユニフォームで一番印象に残っているのは、大洋ホエールズの、平松政次、松原誠、シピン、ボイヤー、山下大輔、長崎慶一、中塚政幸、江尻亮、田代富雄、斉藤明雄ら武者っぽい面々が着ていた、サイケデリックな色調が1970年代の時代背景とマッチしていた、あのオレンジと緑のツートンカラーのユニフォームでした。JRの電車の色から「湘南カラー」と呼ばれそれが由来と思われていたようですが、どうやら本当の由来は、1973年秋のドラフト会議で「慶応のプリンス」と呼ばれていた静岡出身の山下大輔選手が大洋ホエールズに入団することになり、ヘッドコーチの秋山登の提案もあってユニフォームの色を出身地の静岡の名産にちなんだオレンジ(みかん)と緑(お茶)に変えたというのが真相のようです。また当時、大リーグで最強軍団といわれていたオークランド・アスレチックスのユニフォーム(こちらは緑と黄のツートンカラーですが)からうけた影響も多分にあったと考えられています。

さて、梅田皮膚科のユニフォームですが、2014年よりスタッフミーティングで使用しています。(注:診察では使用していません)キャップもオレンジと緑のツートンカラーでコアラの梅田皮膚科ロゴマークが刺繍で施されています。オレンジが基調となった上のユニフォームがホーム用で、胸文字はグリーンで「Nakamozu Koalas」となっています。梅田皮膚科のロゴマークには「なかもずコアラ」という名前がついておりますので覚えて頂ければうれしいです。左の袖口には、その「なかもずコアラ」のワッペンが配されているところもなかなかキュートだと思うのですがいかがでしょう?

ビジター用のユニフォームは緑が基調になっています。梅田皮膚科は2013年に法人化して「医療法人 阪究会 梅田皮膚科」となりました。胸文字はオレンジで「HANKYUKAI」となっています。背番号の26は、「二郎」がその由来です。胸に「HANKYU」のロゴで思い出すのは、とても強かった時代の阪急ブレーブスのビジター用ユニフォームです。1975~1977年の3年連続で日本一に輝いています。福本豊、大熊忠義、加藤秀司、長池徳二、マルカーノ、大橋穣、高井保弘、山田久志、足立光宏、山口高志らが当時の主力選手で、盤石の強さという形容がぴったりくるようなチームでした。

スニーカーは、Patrick(パトリック)社製のBRONX(ブロンクス)というモデルに梅田皮膚科カラー(オレンジと緑)のものが、ホーム用、ビジター用と両方そろっていましたので2014年に購入しました。このスニーカーは、ユニフォームやキャップと違って市販されているものです。色調も落ち着いたものですので、服にも合わせやすいので街履き用としておススメです。私は普段はadidas(アディダス)社製のスニーカー、BIRKENSTOCK(ビルケンシュトック)社製のサンダルを履くことが多いですが、いずれも梅田皮膚科カラーのものを好んで履いています。

今後、永きにわたり、医療法人 阪究会 梅田皮膚科の歴史が、脈々と繋がっていくことを願っています。
ツートンカラーは永遠に。

2014年9月15日記載:初代院長 梅田二郎