このコラムは大阪労災病院皮膚科勤務時代に書いたもので、日本フルハップ「まいんど」平成19年4月号に掲載されました。
A. 古くから「皮膚は内臓を写す鏡」といわれてきたように、全身性系統的疾患の部分症状として皮膚のかゆみが現れることがあります。このような内臓病変に伴う皮膚症状のことをデルマドロームと呼びます。全身の痒みが続く場合、糖尿病、甲状腺疾患、各種悪性腫瘍、鉄欠乏性貧血、原発性胆汁性肝硬変(ひとくちメモ参照)などの疾患を念頭において検査をすすめていく必要があります。他にかゆみの出現が頻度的に多い疾患としては慢性腎不全、閉塞性胆道疾患がありますが、すでに原疾患の診断がついていることが多いため「かゆみに隠れる内臓疾患」にはあてはまりにくいと言えるでしょう。
A. 黒褐色を呈し軽く隆起して皮膚にぴったり貼りついたようにみえるできもので脂漏性角化症(老人性疣贅とも呼ばれます)という疾患があります。この脂漏性角化症は良性腫瘍ですので治療の必要はないのですが、短期間で急速に多発ししばしばかゆみを伴う場合があります。この現象はレーザー・トレラ徴候と呼ばれ胃癌などの内臓悪性腫瘍の合併が示唆されます。また、悪性リンパ腫や白血病など血液系悪性腫瘍で皮膚のかゆみが初期症状となる場合があることが知られています。
A. 皮膚の乾燥は加齢がまず第一に考えられる原因ですが、全身性系統的疾患の影響がある場合もあります。糖尿病の場合、高血糖による脱水傾向と発汗異常のため皮膚が乾燥するためかゆみがひどくなるといわれています。また、慢性腎不全による透析患者さんの皮膚のかゆみも乾燥に起因しますが、これは保湿機能の低下によるものではなく、汗腺が萎縮し発汗量が低下するためといわれています。
A. 限局性のかゆみで最も頻度が高いのが外陰部です。外陰部は分泌腺が多い上に、膣からの分泌物や尿、便にいつもさらされており、また敏感な部分であるためにかゆみが起こりやすいのです。皮膚科的には股部白癬や外陰部カンジダ症のチェックが必要ですが、特に高齢者の場合、膣トリコモナス症、前立腺肥大症、尿道狭窄、痔、便秘、下痢がかゆみの原因になっている場合もあります。
A. 痒みが強く感染する病気の代表として疥癬があります。疥癬は古代ギリシャ・ローマのころから知られる病気でその強いかゆみが兵士の戦意を低下させたという文献も残っています。ヒゼンダニという体長0.3mmほどのダニが皮膚の角層内にトンネルを掘ってその中に寄生し繁殖することによっておこる病気です。虫体や糞に対するアレルギー反応によってかゆみが引き起こされるといわれています。ヒゼンダニは乾燥に弱く人間の体を離れると比較的短時間で死んでしまうため、人と人との密接な接触でうつります。現代では寝たきりの高齢者から介護者を介してまた別の高齢者へうつるという施設内集団感染が問題となっています。診断は直接鏡検によりますが、経験と技術を要するため皮膚科専門医の診察を受けられることをおすすめします。治療についてはこれまで多種の外用薬が用いられてきましたが、2006年8月よりイベルメクチン(ひとくちメモ参照)という内服薬が保険診療による疥癬の治療薬として使用することができるようになりました。その効果はこれまでの外用薬より優れており、外用療法に要する労力は大きく軽減されることから疥癬の治療は新しい時代を迎えたと言えます。
A. 原発疹(紅斑、丘疹など)を欠き、瘙痒のみが愁訴となる場合を皮膚瘙痒症(ひふそうようしょう)と呼びます。掻破痕などの二次的な皮疹を伴うことが多く、高齢者の場合ドライスキン(乾燥肌)が背景となって症状が出現していることが多いのですが、老人性皮膚瘙痒症という診断に至るには前述の全身性系統的疾患の影響を除外する必要があります。高齢者の場合内服しているくすりも多いため、薬剤による皮膚瘙痒症を除外診断するのも重要です。老人性皮膚瘙痒症は老人性乾皮症とも呼ばれ、加齢による汗脂腺分泌能の低下、角質保湿能を保つ表皮脂質(セラミドなど)の減少によって起こりますが、生活環境の低湿化(エアコン、過度の暖房など)や誤ったスキンケア(頻回の入浴、タオルでこする)により増悪している場合があるので注意が必要です。高齢者は皮膚の新陳代謝も低下しているので頻回の入浴は必要ありません。高温の湯は避け、住環境の加湿も行うようにしましょう。入浴後には、乳液、クリーム、保湿剤をしっかり外用することも重要なポイントです。
かゆみが初発症状となる(かゆみがきっかけで発見される)疾患の代表がこの原発性胆汁性肝硬変です。肝臓内に胆汁が停滞することによっておこる病気ですが、今のところ詳しい原因はよく分かっていません。男女比は1:8と偏りがあり、中年以降の女性に圧倒的に多い病気といえます。最近では、検診時の肝機能検査値の異常をきっかけとしてみつかる無症候性原発性胆汁性肝硬変が増えており、この病気と診断される人の2/3以上を占めます。一般的にはまず全身の皮膚の痒みが現れ、数年後に黄疸が出現するのが特徴ですので、頑固なかゆみが続く場合は肝機能検査を受けられることをおすすめします。血液検査をすることによって黄疸が出る前にこの病気を見つけることが可能になります。
1987年に開発された広域抗寄生虫薬アベルメクチンの誘導体で牛、豚、馬の駆虫薬として用いられていました。その後、ヒトの糞線虫症に対して優れた効果をもつことが判明し、本邦でも臨床治験を経て2002年に認可されました。疥癬に対する有効性はその当時より知られていましたが、2006年にようやく保険診療上正式に疥癬の適応追加が認められました。これまで保険診療での疥癬外用治療では多大な労力に見合った十分な効果が期待できないことが皮膚科専門医から多数報告されていましたので、イベルメクチンの認可は疥癬治療を大きく進歩させることになりました。