私の友達にN君という男がいます。先日、そんなN君の新婚家庭を当方も夫婦で訪問する機会がありました。「新婚さんいらっしゃい」のように、いろいろと新婚生活について聞き出していくと、奥さんの口から思いがけない言葉がでてきました。「喘息の予防治療を受けてくれないんです。梅田先生からも言ってもらえませんか。」
私はN君が喘息の持病を持っていることを奥さんから聞くまで知りませんでした。私がいっしょにいるときに発作が出たことはなかったからです。一緒に暮らしているとそういうこともすべてわかってくるんですね。ヒューヒューいいだすといつもシュッと吸入しているそうです。それでいつもおさまるからN君は発作予防の治療はうけようとしないと奥さんは言うのです。奥さんは喘息の予防治療が重要なことを知っているのですが、N君は面倒くさがってやらないというわけです。
私が小児科医として医師生活のスタートを切った1990年代中ごろは、小児喘息治療の中心はネブライザーでのβ2刺激薬吸入とテオフィリン製剤の内服・点滴でした。それがこの10年で喘息治療は根本的な変化を遂げました。現在、日本アレルギー学会が提唱する喘息予防・管理ガイドラインでは、長期管理薬の第一選択が吸入ステロイド薬となっています。2歳以上では軽症持続型から、2歳未満でも中等症持続型から、吸入ステロイド薬が基本治療となっています。その他、長期管理薬には、ロイコトリエン受容体拮抗薬のような私が小児科研修医だった1994年にはまだ発売されていなかった薬もあります。長時間作用性β2刺激薬には便利なテープ型の貼る喘息薬もあって時代の流れを感じます。
実はこの治療の変遷には、重要な背景があるのです。わが国の1980~1990年代の喘息死亡率の増加原因について、短時間作用性β2刺激薬定量噴霧式吸入薬(以下SABAと略します)との関係が厚生省科学研究班の調査で明らかになりました。すなわち、SABAの過度の使用が喘息死の増加に関与していた可能性が大きいことが示唆されたのです。このSABAこそ、N君が喘息発作のときにシュッと吸入していたあの吸入なのです。誤解のないように説明しておきます。SABAは発作に対しては第一選択であり決して間違いではないのです。ただこのSABAに頼りきり、発作時の吸入だけで乗り切ろうとする行為がよくないのであり、しいては喘息死につながる危険因子となるのです。週に1回以上発作があり、月1回以上日常生活や睡眠が妨げられる「軽症持続型」(N君があてはまります)では、発作が出ない普段から吸入ステロイド薬を定期的に連用継続する必要があるのです。
当院は慢性疾患を対象にしたクリニックであり、常に診察待ち時間が発生しているため、喘息発作時の救急受診に迅速に対応することができません。重症発作時には救急指定の医療機関を受診いただきますようお願い致します。現在、皮膚科疾患患者さん多数のため、重い症状の喘息患者さんは、近隣の小児科や内科を御紹介させて頂いている状態です。
当コラムはN君夫妻に了承賛同を得た上で掲載しております。
SABA: Short-acting inhaled β2-agonist, 短時間作動型吸入気管支拡張薬
梅田皮膚科で施行可能な RAST(特異的IgE)検査